| 2007後半(7月〜12月)は こちらへ |
| 2007前半(1月〜6月)は こちらへ |
| 2006は こちらへ |
| 里親制度?新入社員対応制度 | |
| 2008/ 10/10(金) | オーダーメイド?・・・夫婦紙?回礼半紙? |
| 2008/ 9/14(日) | NON・NONボテ??三菱鉛筆国産初の加圧式ボールペン |
| 2008/ 9/10(水) | B4:八つ切/B3:四つ切・・・画用紙のサイズの違い |
| 2008/ 8/28(木) | 『1本の鉛筆』美空ひばりの反戦歌 |
| 2008/ 7/3(木) | シヤチハタ・・・「ヤ」は全角。 |
| 2008/ 5/30(金) | 野沢尚氏愛用ボールペン”三菱uni-ball eye UB−150” |
| 2008/ 3/5(土) | 消しゴム?!大人気”ケシポン”スタンプ!! |
| 2008/ 2/13(水) | ”利助”?”義助?”パイロットフリクション ラジオCMの疑問!! |
| 2008/ 1/20(日) | ”なわとび”から”二宮金次郎”??? |
先月だったか、夜のニュース番組で・・・。
|
||||
最近は、全くと言って良いほど聞かれなくなった”夫婦紙(回礼半紙)”・・・。 Taniyをオープンしてからも、寿懐紙の方は、よく聞かれるのだけれど、夫婦紙(回礼半紙)は、 めったに聞かれないこともあり、在庫していない。 ![]() ( 叶ヤ城 寿懐紙 チ−3 全長15cm 懐紙175×147oが、40枚入り ¥420−) 寿懐紙:関東では、結婚して親戚や近所にあいさつ回りをする時に、持参するもの。 それが、先日、はなや文具店の頃からずっとご贔屓頂いているお客様から、結婚用の回礼半紙 を聞かれた。 在庫していないし、かと言って、お取り寄せした場合、メーカーの出荷単位(10個)で、 取り寄せても、残りが売れるかどうか・・・・。 専務に”どうしましょう?”と、目が合った瞬間、昔、はなや文具店の頃、専務がたまに、婚礼用の 水引を結んでいらしたのを思い出した。 「専務、前によく結んでいらっしゃいましたよね。今も・・・結べます?」 聞くと、「結べると思うよ。」と、心強いお返事。 と、言う事で、お客様に多少(?)代金が高く付いてしまうことのご了解を頂いて、オーダーメイドの 回礼半紙(夫婦紙)を3組、手作りする・・・いや、専務に手作りして頂くことに・・・。 夫婦紙は、半紙を1帖(20枚)ずつタテ三つ折、または、ヨコ二つ折りに抱き合わせにして折り、 それを奉書と紅正(べにまさ・赤奉書のこと)で巻いて、金銀の水引(10本)で結び切りに結んだ もの。 (↓写真参照・・・写りが悪くて申し訳ありません・・・) ![]() (半紙40枚二つ折り・金銀水引10本) (半紙40枚三つ折金銀水引10本) (写真は関東方面のものです。関西のものは、もっと派手です。 下のリンク先でご覧下さい。) お客様のご希望で、半紙をヨコに二つ折りで作ることに。(写真左のもの) 流石に、専務である。 寿の金封を見本にして、最初の1組は、結び方を思い出しながらで15分くらい掛かっていらした けれど、後の2組は、5分も掛からなかった。 でも、ここで、問題が・・・。 熨斗(のし)をどうするか?(写真の夫婦紙の右上に付いているモノです) やっぱり、熨斗(のし)を付けない訳にはいかない。 昔、はなや文具店に私がアルバイトで入った頃は、熨斗をバラで売っていた。 1枚・・・確か、5円?10円はしなかったと思うけど。 ただ、私がアルバイトに入った頃(今から25年以上前)でさえ、まず、お客様に売った 覚えはなく、大部分の熨斗の白い部分が変色しかけていた。 (一体・・・あの次点で、仕入れしてどれくらい経っていたのだろう???) 今も、熨斗(のし)はメーカーさんでは販売している。(赤城:200枚入り¥3,150− 値上がりしたかも?) でも、200枚も仕入れられない・・・・。 何気なく、専務が見本にしていらした金封を見て、「専務!この金封の熨斗、取っちゃい ましょう!」・・・もちろん、”取る”のは、専務である。夫婦紙にくっ付けるのも・・・専務。 専務「それしか、(方法が)ないね。」 熨斗(のし)の問題はOK。 しかし、またまた、次の問題が・・・。 奉書(赤奉書)をどうするか? 昔、紙問屋さんと取引していた時には、奉書を20枚くらいで出荷して下さっていたので、 在庫出来たのだけれど、文具の問屋さんでは、そういう訳にはいかない。 奉書を1包み分仕入れると、大部分が変色してしまうくらい、売るのに時間が掛かってしまう。 なので、現在、当店では、奉書の在庫をしていない。 奉書で巻かないと、”寿”の文字を書けない。まさか、半紙の上に直接書く訳にもいかないし。 最悪、他の文具店さんへ奉書を買いに行く事も考えたけれど、ふと、お店で使用している PPC用紙を思い出した。B4サイズで、白い雲竜模様が入っていて、POPを描く時に重宝 しているもの。これなら、奉書の変わりになるし、奉書より綺麗かも・・・。 ただ、PPC用紙は、白雲竜のみ。赤が無い。赤奉書・・・。お店の赤色の紙を使っても、白雲竜 とは、質の違う紙を使う訳にもいかない。 結局、メーカーの赤城さんに電話して、相談。 そこで、赤奉書が無くても、白雲竜(のPPC用紙)のみでも大丈夫だと、お返事を頂く。 そして、出来上がった、オーダーメイドの回礼半紙(夫婦紙)3組。(↓写真) とっても綺麗。お客様にもとても喜んで頂けました。専務に感謝です。 もちろん、お客様から頂いた代金には、専務の作成料も含まれていたけれど、専務の意向で、 本当に気持ち程度の金額でした。(申し訳ありません) オーダーメイドの回礼半紙(夫婦紙)3組 (見本にした金封:全長約18センチ) (専務作:全長約28センチ) 本当は、真ん中の水引の切れ端を、右の金封のように”わらび模様”にカールさせることも 出来たのですが、最初の1個を作った時にカットしてしまった為、カットのままにしました。 回礼半紙(かいれいはんし)と夫婦紙(めおとがみ) これは、地域の風習によって、呼び名も使い方も違うので、どの使い方が正しいとか 判断できません。ただ、関西と関東では使い方が違うし、夫婦紙自体が、全く違うので、 参考までに、関西の扱っているお店のリンクを貼ってみました。 面白いです。 関東は、地味というか、質素というか・・・夫婦紙に力を入れていない(笑)。 HPに、夫婦紙の画像もありません。 それに対して、関西の派手さと、種類の多さに驚きです。 それだけ、今でも需要があるのでしょう。 回礼半紙 関西の方では、回礼半紙という呼び方はあまり使われないようです。 文具のメーカーでも、昔は、回(廻)礼半紙と、呼んでいるメーカーもあったのですが、 最近は、結婚用はどこも夫婦紙です。 赤城に 祝回礼紙はあります。半紙二つ折り(40枚)のものです。 (↓写真) ![]() 関東での使い方 ・結婚して親戚や近所へのあいさつまわりをする時に、持参する。 ・結婚される方に贈るお祝金に添える。 (今回のお客様は、このパターンでした。) 関西での使い方 ・結婚のお祝を(直接家に持ってきて頂いた場合など)もらったら、すぐにお礼(半紙や 金封、懐紙など)をお返しする。 これを”夫婦紙”とか”おため””おうつり”と言う。 (夫婦紙にのし袋が付いているので、それに、頂いたお祝金の1割を入れて お返しするところもある。) 結婚式当日に頂いたお祝金には、”夫婦紙”をお返しすることはない。 関東と関西での商品の違い 叶ヤ城は、本社が関東のメーカーであり、下の写真の(メ1/メ2)が、その商品です。 (中身は、半紙が40枚のみ) ![]() うずまき(官公工業も、本社が関東ですが、商品名は、夫婦半紙(めおとはんし)。 二つ折りの方は、水引10本・半紙40枚ですが、三つ折の方は、水引7本・半紙20枚。 (画像はありませんが、赤城(メ1・メ2)とそう変わりません。) 潟}ルアイは、本社が山梨ということもあり、関西風にのし袋が付いている。 それに半紙が入っていなくて、金封が入っているものもある。 (関東向け? 半紙20枚に、のし袋1枚付き) ![]() (関西の女性向け? 半紙は無し。金封3枚にのし袋1枚付き) ![]() (関西の男性向け? 半紙は無し。金封3枚にのし袋1枚付き) 大阪が本社の 潟Tサガワ(タカ印) になると、金封包み入りのみである。 入っている金封の枚数によって、2種類の価格になる。 ( 赤白金封3枚包み: ¥368− 赤白金封5枚包み: ¥473− ) * 画像は、ササガワのHPよりお借りしました。 その他、関西のお店のHPを参考にどうぞ〜 楽天の夫婦紙のショップ・・・派手な夫婦紙にビックリ!! 大阪の結納品の製造直売のお店 (まだまだ派手な夫婦紙が・・・。天ぷら油とり紙とか、レターセットがセットされてる・・・。) 京都の通信販売のお店 ( 京都の水引のお店だと、また違った雰囲気が・・・。 オシャレな模様の水引が結んである夫婦紙が選り取り見取り。 何より、本物のあわび熨斗(のし)が結んであるのに、ビックリ!!) 鮑熨斗(あわびのし):アワビの肉を薄く裂いて乾燥させ、引き伸ばして作ったのし。 初め神前に供えたが、のちには広く祝儀にも用いる。 本物のあわび熨斗の画像は、上記京都のお店でご覧下さい。 一般的には、下の画像の熨斗(のし)が、使われてます。 ↑一般的に、お祝いの金封についているあわびのし 写真の夫婦紙もこののしが使われています。 ![]() ↑ 主に、結婚式関連の金封によく使われる花のし 上の写真の寿懐紙に使われてます。 * 上の熨斗(のし)の画像は、鰍ノんべん様のHPよりお借りしました。 〜 ササガワのHPの ご贈答マナーより 〜 近畿地方の都市部などでは、結婚の祝い金を受けた印として、ため紙(夫婦紙ともいう) と言われる懐紙(または半紙)包み(三つ折包みに金銀の水引を掛けたもの)と併せて、 「寿」と献辞(表書き)を書き入れたのし袋にお祝い金の1割程度を入れて返す習慣が あります。 元々は、お祝い金を届けた使いの者に、確かに受取った旨の証として懐紙包みを持たした 際に、届けた「おため(褒美・駄賃)」として小銭を包んで与えたことに発祥し、この懐紙包み が「ため紙」と言われるようになりました。 従って、当時は本人が届けた場合は「懐紙包み」のみが「贈り物に対するお返しの印」として 用いられていたが、現在では「おため」の風習そのものが「贈り物に対するお返しの儀式」 として残り伝えられ、のし袋にお祝い金の1割程度を入れて返す習慣が根付いています。 おためとは「御為=あなたのために」ということからきているとか、「御多芽」とも書くことから 「良い事が多く訪れますように」という意味合いがあるなど言われていますが、いずれも 元々は神道の「神様のご利益」との意味合いを持つ言葉とされています。 おうつりの「うつり」とは、「喜び事が移って行くように」という意味合いがあると言われて いますが、これも元々は神道の「神様からのお祝いを移す」という意味合いがあるとされて います。
同じ夫婦紙でも、関西と関東では、こんなにも違うんですね。 ご結婚祝の金封でも、同じようなことが言えます 東京(と言っても、Taniyの近辺だけかも知れませんが・・・)では、 結婚お祝いの金封は、シンプルイズベスト。 金封よりも中身重視のお客様が多いです。 反対に、仏事の金封は、豪華に銀の水引で結んであるものが良く売れています。 |
||||
今年、6月のこと。 ”ノンボテ”は、商品名ではなく、使い捨てタイプの方に書いてあるだけだったのが、
NONボテ(エアーペン)の後(1982年)に発売されたGL−100(スペースラブ)¥100−は、 |
||||
夏休み・・・宿題用の画用紙を買いにみえるお客様が多い。 困るのが、画用紙の、サイズ・色(白色度)・厚みが一定では無い・・・ということ。 B4と八つ切画用紙/B3と四つ切画用紙の大きさが違うというのは、ご存知の方は 多いかも知れない。 でも、同じ八つ切画用紙・四つ切画用紙・A3画用紙でも、各業者さん(メーカー)ごとに、 紙の大きさや質が違うことをご承知で購入される方は、少ないだろう。 「B4画用紙・B3画用紙・A3画用紙下さい」と言われたら、JIS規格サイズ(コピー用紙の サイズと同じ)にカットしてある画用紙になる。 しかし、当店の在庫している、八つ切と四つ切画用紙,、A3画用紙は、下の表の通り少し 大きめの画用紙になっている。 因みに当店の色画用紙は、八つ切のみ(271×392o)である。
「これと同じ画用紙下さい。」と、学校からもらった画用紙をご持参される場合は、当店在庫の 画用紙と同じサイズのものが多いのだけれど、画用紙の白色度と厚みが違う為、 購入を 躊躇(ちゅうちょ)されるお客様も多い。学校からもらった画用紙がシワになってしまったり、 書き損じたりした為に、買い替えにいらっしゃるのである。学校からもらったものと同じでもの でないと困る・・・というのだ。ご持参された画用紙と大きさが違う場合は、問題外なのである。 昔は、学校の前にある文具店に行けば、その学校で使う文具は、そこで買えば良かったの だろうけれど、モノが多様化してきて、使用する先生に寄って画用紙の大きさが違ったり、 学校教材を取り扱う会社の商品が文具の流通ルートの商品とは違っていたりで、年々子ども さんがご持参される画用紙の種類が多くなっているのに驚かされる。 各メーカーの八つ切と四つ切のサイズ表 (一部の文具のメーカーのみです。)
* もう、1〜2oの違いはご愛嬌ですね。 解決法は・・・。 ・当店の四つ切・八つ切と大きさが同じであれば、白色度と厚みには、目をつぶってもらう。 ・ご持参の画用紙が規格のB4/B3/A3であれば、規格のサイズにカットして使ってもらう。 (Taniyでカットして差し上げたいのだけれど、カットするほど広い場所がありません・・・。) ・ご持参の画用紙が四つ切・八つ切で当店のメーカーと違う場合・・・これが一番困る。 ご持参された画用紙の中には、(上記サイズ表には載っていないけれど、)タテは当店の ものより長いけれど、ヨコは短いものがあったり、もしくは、タテは短いけれど、 ヨコは長かったりすると、これをどうしろと??? どうしても同じサイズでなければならないなら、片っ端から文具店に電話を掛けてサイズを 確認して頂くしかない。たまに、当店にも、「○○cm×○○cmの画用紙ありますか?」 というお問い合わせの電話を頂くことがある。 絵画の作品応募で、サイズが決められている場合は、仕方ないけれど、それ以外は、 多少大きさが違っていてもいいのじゃないか・・・と、私は思うのだけど。 先生に、「近くの文具店では、このサイズしかありませんでした。」と言えば、大丈夫だと 思うのだけれど・・・。 生徒さん達にとっては、学校からもらった画用紙が全てなのだ。途方にくれて、悲しそうな 子どもさん達の顔を見るに付け、先生から、「(配布の画用紙がダメになった場合は) 全く同じ大きさでなくても良い。」の一言があれば・・・と思ってしまう。 ただ、先生方も、そこまで画用紙に種類があるとは、思われていないだろうし、配布した 画用紙が使えない状態になるとは、思われていないのだろう。 でも、シワになった画用紙は、「これは・・・何だったの?」と聞きたくなるくらいにボロボロに なった状態・・・。おかあさんが一緒にいらしてると、皆さん、決まって恥ずかしそうに 「ひどいでしょう?こんなにシワシワにしてしまって・・・」と、子どもさんを責められる。 だけど、学校配布の画用紙は、(全てとは言いませんが)紙の質が良くないものが多いし、 厚みも薄いものが多い上に、画用紙を1枚で巻くと、筋がつきやすいのである。 それを学校から家まで持ち帰る間に、綺麗な状態で止めていられる生徒さんが 何人いらっしゃるか・・・。 紙には、目がある。紙を漉くときに出来る紙の目である。 紙を巻く時には、その目に沿って巻くのがシワにならないコツなのである。 ただ、この目が、全部の紙で同じ方向になってはいない。 例えば、当店のA3画用紙・四つ切画用紙は、ヨコ巻。 短い方からクルクルと大きく(直径10〜15cm)くらいに巻いて輪ゴムで止める。 (↓写真・八つ切画用紙) ![]() しかし、当店の四つ切画用紙は、タテ巻。 軽く丸めて、長い方(54cm)の端と端を合わせる感じで、輪ゴムを掛けるとシワになりにくい。 A3や、八つ切画用紙みたいに、短い方(38cm)からクルクルと巻いても、巻けなくはない。 けれど、直径を細く巻きすぎたり、ちょっと油断(?)すると、”ピッ”と、筋が入ってしまう。 息を止めて巻かないと、危ない・・・。 このタテ巻・ヨコ巻は、当店の商品に言えることで、たまに、八つ切画用紙でもタテ巻きの ものがある。ボロボロになった画用紙は特に、この紙の目がタテ目のところをヨコ巻に巻いた ものが多い。 紙の”目”の見分け方は、紙(画用紙・ケント紙他)を軽く持って丸めてみて、力を入れないで 紙が曲がる方向が紙の目の方向である。つまり、柔らかく巻ける(紙の反動が少ない)方が 紙の目の方向。 当店の画用紙 (A3画用紙・八つ切画用紙は、ヨコ巻/四つ切画用紙は、タテ巻) でも、 たまに、入荷の商品に寄って、タテ巻のA3・八つ切が入ってきたり、ヨコ巻の四つ切が 入荷することもある。 つまり・・・紙の目は、その入荷した商品ごとに違うのである。 紙の目で気をつけなければならないのは、ボール紙。紙が厚いから、逆の目に曲げると、 すぐに筋が付く。 昔、はなや文具店時、タテ目のボール紙を常備していたので、タテに軽く曲げて包装紙で 巻くいていたのだが、たまたま入荷した商品が、タテに曲げる度に、ピッと筋が入る。 紙問屋さんに苦情を言うと、紙の目が違う商品が入荷していたと、すぐに取り替えてくれた。 全判のボール紙でも、4分の1のボール紙でも何度か、同じようなことがあった。 今は、全判のボール紙は在庫していないけれど、4分の1のボール紙を曲げる度に、少し、 ドキドキするし、息を止めて曲げるようにしている。 * 八つ切・四つ切サイズとは、 全判=四六判(よんろくばん・しろくばん)(788o×1091o)を 8分の1に裁断したものを八つ切(392o×271o)/ 4分の1にしたものを四つ切(392o×542o)という。 明治時代にイギリスから輸入した「クラウン判」が大八つ判と呼ばれ、それから 4寸×6寸のページが32面取れるので、明治後半頃から、四六判と呼ばれる ようになったとされる。 (ウィキペディアより) |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
24日(日)朝、TVのワイドショーで美空ひばりの反戦歌『1本の鉛筆』を特集していた。 ![]() 美空ひばりが1974年に行われた第1回広島平和音楽祭で、歌った歌。 松山善三作詞・佐藤勝作曲の『1本の鉛筆』。 あなたに聞いてもらいたい あなたに読んでもらいたい あなたに歌ってもらいたい あなたに信じてもらいたい 1本の鉛筆があれば 私はあなたへの愛を書く 1本の鉛筆があれば 戦争はいやだと私は書く 歌詞の”あなた”とは誰のことか?・・・というテーマでの特集。 番組ではラストの歌詞から答えを見つけている。 あなたに愛をおくりたい あなたに夢をおくりたい あなたに春をおくりたい あなたに世界をおくりたい 1枚のザラ紙があれば 私は子供が欲しいと書く 1枚のザラ紙があれば あなたをかえしてと私は書く 1本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く 1本の鉛筆があれば 人間のいのちと私は書く 言うまでも無く、8月6日とは、1945年、広島に原爆が落とされた日である。 この『1本の鉛筆』のシングルレコードの裏面に入っていた『八月五日の夜だった』の 歌詞(作詞:1本の鉛筆と同じ松山善三氏)を参照しながら、”あなた”とは、 この歌詞の中で歌われている若い恋人達の戦死した恋人のことだろう・・・と。 『八月五日の夜だった』(松山善三作詞・佐藤勝作曲) かすりの着物 赤い帯 提灯ポッカリ ぶら下げて TVを観ながら戦争によって引き裂かれた若い恋人達の姿を思い浮かべた時、先月訪れた 愛媛県愛南町のHPの”紫電改展示館”のページ 愛媛を訪れる機会があったら、63年前、若い青年パイロットと運命を共にした紫電改を |
||||
シヤチハタの4月の新製品”セキュアスタンパー”をシヤチハタの公式HPでチェックしたら、 シヤチハタからのコメントが・・・。 ※社名シヤチハタの“ヤ”は全角です。(小書き文字ではありません。) 「えっ?!」・・・驚いた。 お恥ずかしいけれど、20年以上 ”シャチハタ” だと思い込んでいた。 金鯱(きんしゃち・きんこ・きんのしゃちほこ)から取って”鯱旗(しゃちはた)シャチハタ” と付けたと聞いていたから。取引先の問屋さんに聞いても、「アルファベットで”shacihata” だから、”シャチハタ”でいいんじゃないの?」というお返事。 確かに・・・。 悲しいかな、うちは、”シヤチハタ”さんとは、直接の取引が無い為、担当の営業さんが 来店される訳ではない。お客様相談室に聞くと、1925年・舟橋商会として創業し、 1940年に販売部門を独立させてシヤチハタ商事株式会社となった時から、 ”シヤチハタ”なのだそうだ。確かに、金鯱(きんのしゃちほこ)から付けた名前ではある けれども。公式HPでのコメントも以前から載せてあると言う。 いやぁ・・・”シャチハタ”だと思っているから、HPを見ても、カタログを見ても、全く、 「ヤ」が全角だと気づかなかった。”シャチハタ”で検索もできるし。 思い込みとは恐ろしい・・・。 ところで、シヤチハタのコメント・・・。公式HPのTOPに書かれている訳ではない。 新商品の紹介ページに書かれている為、新商品をチェックする度に目に付く。 今まで、気づかなかったのが不思議なくらいである。 面倒なのが、パソコンの入力時。 ローマ字入力で「S」「Y」「A」「T」「I」と入力するクセが付いてしまっているのと、頭に 「しゃちはた」と浮かんでいるので、「S」「I」「Y」「A」と入力したくても、手が「S」「Y」「A」 と反応してしまう。イライラしながら、入力し直し。わざわざ「し・や・ち」と意識しなければ、 「S」「I」「Y」「A」「T」「I」と入力できないなんて・・・。あぁ〜情けない(涙) シヤチハタのHPへ |
||||
4月19日(土) 2004年に亡くなった脚本家・野沢尚(のざわひさし)氏の奥様 (由紀子夫人)が主催された野沢氏作品「ラストソング」の上映会に行って来た。 野沢尚公式サイトでの観覧募集にダメモトで応募したら当選!! それも、”ご招待!!” 「ラストソング」は、吉岡秀隆出演作品の中で、DVD化されていない作品の1つ。 その作品が大きなスクリーンで観られる。こんなチャンスはもう無いだろう。 タイミング良く、19日はTaniyの定休日♪ その上、上映会の場所は、歩いても行けるお散歩コースの東宝撮影所!! 至れり尽くせりでございます。 舞い上がって、東宝撮影所の待ち合わせ場所(東宝スタジオ・メインゲート)に行くと、 しばらく通らないうちに、えらい変わり様・・・。 以前は、看守さんが1人座っているゲートがあるだけだったのに。 メインゲートと言われる場所には、2〜3m程の高さのゴジラ像。 そして、以前には無かった大きなビルが建ち、そのメインゲートに面した壁には、 『七人の侍』の拡大写真。 別世界へ来たみたいで、しばし、ゴジラと侍達に見とれる。 ![]() ↑夜、お散歩の途中で写したゴジラ像。 辺りは真っ暗で、ゴジラの黒い影だけが見える状態。 流石に怖くて近寄れず、専務に写してもらいました。 でも、もしゴジラにスポットライトが当たっていたとしても、 それはそれで、やっぱり怖いかも・・・。 招待されたのは、全部で60名くらい。 男性は20代〜30代くらいの人が10名ほど。 残りは女性。20代から30代、40代、50代、60代(?)くらいまで、幅広く。 由紀子夫人がいらして、顔馴染みの人達が声を掛けているのを見て、 野沢尚の公式サイトへ応募したことを思い出す。 (もしかしたら、私みたいに吉岡ファンがいたとしても、分かるはずも無い。) 私1人だけ、手違いで受け取っていなかったアンケート用紙をわざわざもらいに行き、 記入しようとした時、自分が場違いな場所に来てしまったような感覚に陥った。 アンケートには、 ”あなたのご覧になった野沢作品を書いて下さい” ”あなたの好きな野沢作品を書いて下さい” ・・・・・こんな質問があると想像できたはずなのに・・・。 何でわざわざアンケート用紙もらいに行ったのだろう・・・(涙)。 野沢作品はTVドラマに関しては、ほとんど観ているのに、頭が真っ白で浮かんでこない。 吉岡君出演の野沢作品は分かる。 NHKドラマ『喪服のランデヴー』と、映画『ラストソング』。 だけど、それ以外が・・・??? 何とか、『眠れる森』『親愛なる者へ』は思い出したが、この作品が野沢作品だという 確信がイマイチ・・。”ままよ!!”と書いてしまった。 (帰宅して、ネットでチェックして胸を撫で下ろした。) 上映後に映画「ラストソング」のプロデューサーの方、当時制作に携わった方、 由紀子夫人のご挨拶と質疑応答があって、記念撮影をして終了。 アンケートを提出して帰る時、私の前に出してあったアンケート用紙が隙間も無いくらい 真っ黒に埋められているのが見えて、自分のアンケートを折りたたんで出しながら 記念写真に入らないで逃げて帰りたくなった。 さらに、記念写真で追い討ちが・・・。 60名くらいの記念写真である。なるべく目立たないように・・・・と、 3〜4列目の真ん中辺りに立って、周りに埋もれて(150cmの身長なので)いたら、 正面から見ていた女性のスタッフが「そこの人見えませんよ。」と、こちらに近づいてくる。 嫌な予感、いや悪寒が・・・・。 「あなた、見えてませんよ。」と、腕を掴まれて、無理やり、有無を言わせぬ強引さで 引っ張られ・・・気がついたら、一番端の目立つ場所で記念撮影・・・(涙) ここ3ヶ月、美容院に行く時間がなくて、悲惨な髪型で写ってしまった。 「誰も、谷泉さんだって分からないよ。」と専務。 そりゃ、そうですけどね。この記念写真、野沢尚公式サイトに載っているんです。 おまけに、来月(6月)NHK(BS−hi)で放送されるドキュメンタリーに今回の上映会の内容も 入るそうで、ずっとTVカメラに撮影されてたし。 以上の通り、とても居心地の悪い思いをしましたが、 『ラストソング』が観られたのには、本当に由紀子夫人と野沢オフィスに 心から感謝!!です。 無料のご招待だったのに、さらに、お土産(尚氏愛用のボールペンに名入れされたもの・ 下写真)まで頂いてしまって・・・。 本当にありがとうございました。 ![]() ↑野沢尚氏愛用ボールペン。 三菱ユニボールeye UB-150 ¥157− HNK ハイビジョン特集 BShi 放送予定 6月30日(月)午後8:00〜9:29 〜 以下、番組の内容説明より 〜 2004年6月27日、『眠れる森』、『青い鳥』など数々の名作で知られる脚本家・野沢尚が 急逝した。44歳の若さだった。天才脚本家の壮絶な日々と、“夫婦の絆”を、 ドキュメンタリーとドラマによって描く。 野沢は一切の妥協を許さない完璧主義によって、プロデューサーら関係者と衝突を 繰り返した。 苦悩する野沢にいつも寄り添い、励ましたのは妻・由紀子。二人はいわば“戦友”だった。 やがて小説家としても成功をおさめ、すべてがうまくいっていた初夏の日、 野沢は突然みずから命を絶った。 由紀子は、あとを追って死のうとするが、わが子の寝顔を見て思いとどまる。 そして由紀子は野沢尚の公式HPを設立した。本人に代わってブログを更新すると、 “野沢尚”を知らない世代にも火がついて、韓国で“野沢尚ブーム”が起きるという奇跡を 生んだ。 由紀子は夫が脚本を担当した映画の上映会を開催したり、韓国へ出張して映像化の交渉を したりと休む間もなく、しかし充実した日々を過ごすようになった。 「野沢尚の作品を未来に届けることが、私に託された仕事だと思ってますから」。 番組は、妻へのインタビューを軸に再現ドラマをまじえながら、固い絆で結ばれた、 “夫婦愛”を見つめる。 * この内容説明を読んでいると、ただ、”『ラストソング』が観たい”それだけで応募した 自分が、恥ずかしくなってしまう。 挨拶された由紀子夫人の小柄で儚げな姿を思いだすと、4年経ってもまだ、夫を亡くした という哀しみから立ち直ったようには、とても見えませんでした。 それでも、夫の作品を多くの人に観てもらいたいという思いで活動されている姿を 目の当たりにすると、心から声援を送らずにはいられません。 『ラストソング』 1994年 監督:杉田成道 / 脚本:野沢尚/ 出演:本木雅弘・安田成美・吉岡秀隆 スターを夢見て博多から東京へ旅立った2人のミュージシャンと1人の女性との4年間の 軌跡を描いた物語。1995年第18回日本アカデミー賞の優秀作品賞・優秀主演男優賞・ 優秀助演男優賞・優秀照明賞・優秀撮影賞を受賞した作品。 主人公(八住修吉・ 本木雅弘)の歌う売れない歌を作詞しているのが、1991年に ロックバンド・ECHOES(エコーズ)を解散して本格的に作家活動に入っていた辻仁成 (つじひとなり)である。当時、撮影所に出入りされていた辻仁成氏にプロデューサーの 瀬田氏が”売れない歌を作って欲しい”とお願いしたら、快く作ってくれたのだとか。 |
||||
昨年、お客様から「ケシポンありますか?」と聞かれる度に、 「申し訳ありません。取り扱っていません。」と答えながら、 頭では、消しゴムを思い浮かべていた。・・・まったく、お恥ずかしい。 昨年末に、問屋さんと話していた時に、ふと、思い出して聞いてみた。 「最近また、ケシポンってよく聞かれるんですけど、また、あの叩いて消す消しゴムが 流行ってきたんですか?」 問屋さん「えっ?ケシポンって、スタンプだよ。はがきとかの宛名に押す。」 私「スタンプ??」 問屋さん「郵便物の個人情報の部分に押すと、住所や名前が読めなくなるスタンプだよ。」 TVの番組で取り上げられてから、凄い売れいて、今、入荷待ちの状態なのだとか・・・。 うっかりしていた・・・。 ケシポンと聞いて、5〜6年前に流行った消しカスの出ない消しゴム (押すタイプとローラータイプ)を想像していた。 今でも、品切れは続いています。 当店でも若干入荷したのですが、すぐに売り切れてしまいました。 また、入荷待ち状態です。 ![]() プラス・ケシポン トントンエルサ : たたいて消す消しゴム 私が誤解していたのは、これじゃなくて ローラーになっている方です。 画像はありませんが・・・。 |
||||
今年になってから最近まで、ラジオからパイロットフリクションのCMが毎日流れていた。 〜CM内容(完全ではありません)〜 「ねぇ、今日の会議”リ(ギ)スケ”にして!」 「今日の飲み会”リ(ギ)スケ”にして!」 「結婚式(同窓会だったかな?)”リ(ギ)スケ”にして」 と言う、会話が続いてナレーションが入る。 「急なスケジュールの変更には、書いて消せるパイロットフリクションボールが便利!!」 短いCMなのだけど、ラジオから聞いていると、”リスケ”か”ギスケ”か分からない。 人の名前”利助”か”義助”に聞こえて仕方ない。 「”リ(ギ)スケ”って、何だろう???」と言う疑問が、CMを聞くたびに、頭に浮かんでくる。 パーティや飲み会をやれる会場のこと? よく居酒屋さんに人の名前のお店があるけど・・・。 ”フリクションボール”よりも、”リ(ギ)スケ”の方が気になるっていうのも、何だかな?? 気になって、気になって、見本市の時、担当の営業さん(20代女性)に聞いてみた。 すると、CMでは ”リスケ” と言っていて、スケジュールを変更する事だと言う。 「スケジュールの変更を”リスケ”って言うんだ・・・?」専務と2人ア然とする。 専務も私も、どちらかと言うと好奇心が旺盛な方で、流行の言葉やモノについて、 結構知っている方だと思っていた。それが・・・”リスケ”がスケジュールの変更だとは、 思いも寄らなかった・・・。 たぶん、目で”リスケ”とカタカナで書いてあるのを見たら、スケジュールという言葉を 想像したかもしれないけれど、ラジオから耳で聞いているだけだと、どうしても”利助”に なってしまう。 そりゃ、CM聞いても理解できないハズである。 この見本市の後、CM放送も終わってしまった。 |
||||
うちで扱っているなわとびは、ビニール製のものである。 店頭に置いてあるので、埃などの汚れ避けに透明な袋(OPP袋)に入れて販売している。 ![]() ビニール製なわとび ¥150−(税込) そのビニール製のなわとびを専務と袋詰めしていた時の事。 なるだけ、なわとびがぶかぶかにならないように、ギリギリのサイズに入れようとしたら、 なわとびのビニールがOPPの袋に引っかかってうまく入らない。 「こりゃ無理だよ。もう少し大きい袋にした方が良くないかい?」 専務の忠告に、「このサイズがピッタリなんです。ほら、入るじゃないですか?」 目の前でOPP袋にぴったり収まったなわとびを見せると、専務のプライドを刺激したらしい。 それからは、一言も大きな袋にしようとは仰らない・・・。 2人で黙々となわとびの袋詰めをしていて、何気なく専務を見ると、なわとびを取り分ける ために一方の取っ手の部分を肩に掛けて、1本ずつ引き抜いていらっしゃる。 その姿に、懐かしいウン十年前の記憶が蘇った。 「縄をなってるみたいですね。」つい、口から出る。 昔、私がまだ小学校に上がる前、祖母がいつも縄をなっていた。当時は、野菜等の収穫した 作物を入れて運ぶ網などは、各家々で作っていた。うちにも縄をなう用の織機があった。 「うちの祖母が縄をなってたんですよ。」 しばし、昔の思い出話をしていたら、隣りから何か聴こえてきた。 ”お経?”・・・かと思ったら、専務が歌を歌っていらっしゃる。珍しいこともあるものだ。 専務「♪縄ない〜おととを助け♪」 私「何ですか?それ。」 専務「変なこと言うから、(歌が)出ちゃったじゃないよ。小学校の頃に習った歌を 思い出しちゃったよ。・・・」 そう仰りながら、楽しそうに歌の歌詞を思い出そうとしていらっしゃる。 専務が小学校の頃・・・?70年くらい前?ひえ〜覚えてるものなんだ〜 専務「♪手本は〜・・・手本は誰でしょう?」 その頃の子供達の手本になった人と言えば・・・? 私「二宮尊徳!!」 専務「そう!!♪手本は二宮金次郎〜♪」 嬉しそうに最後まで歌いきってすっきりされたようである。 昔は、道徳や教訓を歌った歌が多かった。 ♪ 芝刈り、縄ない、草鞋(わらじ)を作り 親の手助け、おとと(弟)を助け 兄弟仲良く、孝行尽くす 手本は二宮金次郎 ♪ 芝刈り・縄ない・草鞋を作る・・・今では有り得ない仕事だろう。 今なら、掃除・洗濯・買い物・・・。 家の手伝いをして、兄弟(姉妹)仲良く、親に孝行尽くすと言うのは、時代に関係なく、 当たり前の事だと思うのだけれど・・・・。 毎日のようにTVやラジオから聞こえてくる、家族間の暗いニュースに、 いつからこんなになってしまったのかと、暗い気持ちになる。 |
||||
![]() |